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最高裁判所第一小法廷 昭和25年(オ)164号 判決 1960年3月31日

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

職権をもつて、本件仮処分の必要性について調査するに、その必要性あることの理由として上告人組合の主張するところは、要するに、被上告人公社が判示公共企業体仲裁委員会によりなされた本件裁定(第一審判決の事実摘示第二の三参照)の実行義務を履行しないため上告人組合の組合員は合法闘争を諦め非合法闘争に移る危険があるということと、同裁定所掲の金額四五億円よりすでに支給された一五億五百万円を控除した残額二九億九千五百万円の支払を受けなければ組合員は甚だしい窮乏に陥るということとである。

しかし、上告人組合の組合員が合法闘争を諦めて非合法闘争に移る危険があるということは、結局債権者自らの侵害行為を理由とするに帰し、毫も民訴六七〇条にいわゆる他より受ける急迫なる強暴または著しい損害とはいえないから、かかる理由をもつて仮の地位を定める仮処分の必要性ありとなし得ないこと多言を要しない。この点に関し第一審判決の説くがごとく非合法闘争による公共の福祉の侵害を避けるため仮処分の必要性があるものとすることは、仮処分なる制度が本来私権保護の制度であることに鑑み是認できない。

次に、上告人組合は、前記二九億九千五百万円の支払を受けなければ上告人組合の組合員の生活が甚だしい窮乏に陥るというが、しかし、上告人組合は右金額全部が直ちに履行可能なことを前提とせず、右金額のうち二億九千五百万円は予算の流用により即時支出可能であると主張するだけで、その余は予算上もしくは資金上資金の支出が可能となり次第上告人組合の組合員に対し支払わなければならない義務があると主張するに過ぎない(第一審判決事実摘示第二の五および同六の(五)参照)。されば、仮りにその主張のような義務が被上告人にあるとしても、本件ではその義務の履行がなければ組合員の生活が仮処分を必要とする程度に直ちに窮乏に陥るといえないことその主張自体に照し明白であるといわなければならない(なお、本件仮処分によつて保全される権利は結局金銭給付を目的とする請求権に帰する。そして、そもそも仮処分は仮差押と異り金銭以外の特定給付に対する請求権の執行を保全する方法であるから、金銭給付を目的とする請求権の如きものは本来これを保全するに仮処分を以てすることは許されないものと解するを相当とする。明治四五年(オ)第二五三号大正元年一〇月一二日及び昭和九年(オ)第五一八号同年六月二二日各大審院判決参照)。

しかして以上の他本件では被上告人のごとき大公共企業体に対し所論のごとき権利関係の確定につき本案判決を待つことなく今直ちにこれが仮の地位を定めなければならない必要があるとは認められないから、本件申請は仮処分の必要性を欠くものとして却下を免れない。されば、これと同旨の結論をとる原判決は正当であり、本件上告は、上告理由の検討をまつまでもなく棄却さるべきものである。

よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 斉藤悠輔 裁判官 入江俊郎 裁判官 下飯坂潤夫 裁判官 高木常七)

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